AI小説: マキの寡黙な鍋
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1.
スクリーンの隅で、デジタル時計がインクリメントした。もうすぐ18時になるのに、外はまだ明るい。快適な温度に整えられた自室で、マキは夏、とひとり呟いた。
スピーカーから、とあるアーティストの新曲が流れ始める。マキのお気に入りのアーティストだ。普段であれば検索してみるところだが、今日のマキは上の空だった。何度も時計を見つめては、立ち上がってみたり、座ってみたり、また飲み物を持ってきたりと忙しなかった。
ピンポーン、と、時代遅れのジングルが鳴る。
「こんばんは。宅配に上がりました」と、配達員はあいさつをした。相変わらず、ほとんど無表情みたいなほほえみだ。
「どうも」マキはぎこちなく返答した。
配達員は気にする様子もなく、丁寧に商品を手渡した。
「明日の献立のご希望はございますか?」と尋ねながら、食器を回収していく。いくつか質問されるが、マキは口ごもった曖昧な回答を繰り返した。
「では、また明日伺います。お邪魔しました」
「あ」と、マキは言葉を返そうとしたが、言えなかった。
「どうかされましたか?」と配達員が尋ねると、マキは答えた。「いえ……なんでもありません」。
配達員は再び微笑みながら立ち去っていった。マキは猫背になった。
届けられたのは、マキの夕食だ。
葉物野菜が中心のサラダと、キノコソースのサーロインステーキ。五穀米のおにぎりに、スープもついている。
料理をテーブルに並べ終えると、マキはようやく息をついた。曲はいつの間にか変わっていた。
「あーーー。慣れない」
1週間かあ、とマキはつぶやいた。恨めしそうにキッチンを見つめる。そこには、コンセントを抜かれて沈黙する旧型の「鍋」が転がっていた。
2.
その不便な調理器具に、マキは愛着を持っていた。
今どき、キッチン付きの一人部屋などそう簡単に見つからない。炊事も洗濯も外注サービスがはびこっていて、他人に任せることが当たり前になっている。生活に必要なものは、シャワーとベッド、そして何でもできるタブレットを充電するためのコンセントくらいだ。
それでも、マキは自炊にこだわっていた。水を計り、食材を整えて、「鍋」に入れる。自身でプログラムした火加減セットから、料理に合ったものを選ぶ。調理開始ボタンを押す。音楽を聴きながら待つ。5分ほどで、食欲をそそる香りが漂い始める。お腹がすいてくる。音楽を聴きながら待つ。
シチューも、ステーキも、エビフライも、マキの好物は何でも作ることができた。わざわざ取り寄せている三元豚をトンカツにする時は、半年かけて探り当てたとっておきの火加減プログラムを使うのだ(1度派手に失敗して、炭みたいな味の衣を飲み込んだことがある)。
それが突然、動かなくなっていた。死んだ、とマキは呟いた。
3.
宅配サービスを使って1週間が過ぎた。依頼は今日で最後となる。配達員は相変わらず、そつなく料理を手渡し、食器を回収し、微笑みながら去っていった。
食卓に広げられた料理を前にして、マキは困惑していた。
届けられたのはシチューだった。ごくありふれた、家庭的なホワイトシチューである。昨日までの高級感のあるメニューとは対照的だった。
この暑い日に。どうして、と思わずにはいられない。
しかし、この香りは...?
一口すくって、口に入れた瞬間、マキは目を見開いた。間違いない。祖母のシチューだ。
絶え間ないカエルの声、広々としたテーブル、オレンジがかった照明、柱の木の香りまで蘇ってきたようだった。
思えば、祖母が亡くなってからもう3年になる。
マキは鼻をすすり、二口目を運んだ。
どうして、この味が。
思い返してみれば、宅配サービスを依頼するときに、個人情報だか利用規約だかの同意を求められた気がする。あの時は突然「鍋」が動かなくなって慌てていて、気にも留めていなかったのだが。
こんなことが可能なのだろうか。
マキは自身が嬉しいのか悲しいのかもわからないまま、シチューを食べ進めた。
大丈夫。あれはAIだから、味覚にしか興味がないはずだ。
ニンジンが甘い。
気がつけば、あの美しい配達員のことを思い返していた。これを選んだのは、それとも作ったのは彼なのか。マキのために考えてくれたのか、それとも契約延長のためにアピールしたかっただけなのか。
その日、マキは眠りに落ちるまで、もやもやと悩み続けた。
4.
新しい「鍋」を前に、マキは説明書を読んでいた。
もう細かく火加減を指定する必要はないし、食材も自動でカットしてくれる。水道も、繋いでおけば自動で給水するようだ。
機能面ではすっかり頼もしくなったが、見た目はそれほど変わらない。その素朴な丸いフォルムに、マキは奇妙な安心感を覚えていた。
こいつもAIだが、胃の調子を案じたりしない。揚げろといえば揚げるのである。マキはご機嫌だった。
最新のAIがどんなもんか見てやろう、と、マキは期待に胸を膨らませていた。もっとも、私のトンカツには敵わないでしょうけど。旧規格の「鍋」はすでに製造が停止されている。その味は、もはやマキの思い出の中にしかないのだった。
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感想
文が長いtsuzumik.icon
ハッとする表現が多くて新鮮だったteyoda7.icon
チャイム音が時代遅れのジングルとかほとんど無表情みたいなほほえみとか
いいなーめっちゃ好きだこの作品
空行が2つあるところが場面転換だと気づいてなくて"新しい「鍋」を前に"で少し混乱したnishio.icon
祖母の味が再現されたシチューを食べたのに新しい鍋を買ったんだ???となった
祖母のことが嫌いなのかな?
「それに、もう会わなくてよいのだから。」と書いてるし
嫌いな祖母の味を再現されたので泣いて、鍋を買った??
Polisの要約を見て、理解できてなかったことに気づいたinajob.iconnishio.icon
同じく要約を見て祖母は死んでたのかーとなったnishio.icon
思ったより書けてなかったtsuzumik.icon
少し書き足しました
配達員が AIかどうかを明記するか悩んでいる
想像に任せるべき余地
でもこのストーリーならAIでないと成立しない?
配達員と「鍋」の対比
配達員の裏にいる調理AIでも成立する?
調理AIを使って人間の配達員=担当者が 余計なお世話を画策した、でもよいか
具体的に書いた方が、そうではないという言語化を促すのでは
マキと配達員の性別もあまり書きたくない
書いた方がわかりやすそうではある
彼/彼女 が使えないの不便すぎる